モンテッソーリ教育について|教育の主体は子供であるということ


将棋の藤井聡太棋士も幼少期学んでいたということで話題のモンテッソーリ教育。ほかにも、Google創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグ、オバマ前大統領やジョージ・クルーニーなどなど、モンテッソーリ教育を受けた著名人は枚挙にいとまがありません。

私自身がモンテッソーリ教育に初めて出会ったのは第一子妊娠中。これまでも、教育の仕事を通じて「人はどのように学ぶのが最も効果的なのだろうか?」とずっと考えてきました。なかなかその答えが見出せずにいたのですが、学んでいるという意識すらなく、集中しているうちにいとも簡単に吸収してしまう子供の「敏感期を目の当たりにして、モンテッソーリ教育の意義を知ったのです。

「敏感期」は、モンテッソーリ教育の特徴としてよく出てくる言葉です。もともとは、オランダの生物学者であるド・フリースによって提唱された概念で、全ての生物には幼少期に、外界の特定のものに特に敏感になる期間があることを意味しています。1917年にド・フリースと知り合ったモンテッソーリは、この概念が人間にも適用できることを発見し、自らの教育法に取り入れたのです。

つまり、人間も乳幼児期にある特定の事柄に対して強い感受性が現れ、その事柄をいとも簡単に吸収できる時期があるというわけです。例えば、言語の敏感期では、言葉をどんどん吸収していきます。たとえ両親ともに日本語しか話せなくても、言語の敏感期にスペインで過ごしたらその子供の母語はスペイン語になるのです。ほかにも、感覚の敏感期や運動の敏感期などがあり、それぞれの敏感期のおよその年齢がわかっています。
この敏感期は大人によって決められるわけではない、そして敏感期と言ってもその対象について教え込むわけではない、ということがポイントです。あくまで興味や関心は子供の側から自然に出てきて、自然に吸収するのです。だから、どうもその事柄に興味を持てないようだったら、まだ敏感期ではないということになるのです。

「敏感期という概念を知って子供と接するのと知らないで接するのでは大きな違いが表れてくるのではないか?」モンテッソーリ教育に出会って私がまず感じたのは、そんなことでした。

モンテッソーリ教育の生みの親であるマリア・モンテッソーリは、子供を観察することによって子供に対する様々な偏見や先入観を壊し、子供の能力や成長の方向性を発見した人です。そして彼女は一貫して「教育の主体は子供である」と主張しました。今でこそ様々な教育法が考案され、子供の自主性も(ある程度?)尊重されていますが、マリア・モンテッソーリは1870年生まれの女性です。子供が初等教育を受ける権利すらまともになかった時代にモンテッソーリ教育が生まれ、実践されていたことに驚くばかりです。

モンテッソーリ教育が誕生してから100年以上経っていますが今なお世界中で実践されているのは、子供を主体とし、子供の自立を促す教育が、今の時代においても(今の時代こそ)重要であると認識されているからだと思います。親や教師や大人はとかく子供に(相手が幼児の場合は特に)教えよう、間違いを正そう、としがちですが、それって本当に効果的なのか?成長に貢献しているのか?
私たち大人は、少し考えてみた方がよさそうです。